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神奈川県横浜市は、東京都心から南へ約30km、東京湾に面した都市である。市政の中心地は関内地区(中区の関内駅周辺)で、市域の中央駅は神奈川県横浜駅(西区)。経済活動の中心は関内地区から約3km北の横浜駅周辺地区へ移っており、両地区の中間に位置する神奈川県横浜みなとみらい21地区(桜木町駅周辺)の開発を進めて、中心部の一体的な発展を図っている。
市域は、鎌倉に幕府が置かれた鎌倉時代から本格的に開発され始め、江戸時代には幕府が置かれた江戸に近いため、幕府直轄地や旗本領が大部分を占めた。神奈川県横浜市内唯一の藩として六浦藩がおかれた。また、鎌倉幕府の海の玄関口として六浦湊(金沢区)が、江戸湾(東京湾)内海交通の要衝として神奈川湊(神奈川宿、神奈川区)が、早くから栄えた。江戸時代末期には、神奈川湊沖で締結された日米修好通商条約により、「神奈川」を開港場にすることが定められた。実際には神奈川湊の対岸にある横浜村(現在の中区関内地区)に新たに港湾施設が建設され、短期間に国際港の体裁を整えた。1859年7月1日(旧暦:安政6年6月2日)に開かれた横浜港は、「金港」とも呼ばれ、生糸貿易港、商業港、旅客港として、また工業港として、横浜を日本の代表的な国際港都の一つへと発展させる礎となった。
1889年(明治22年)4月1日に市制が施行され、神奈川県横浜市となった。市域の面積は、市制施行時には神奈川県横浜港周辺の5.4km2 にすぎなかったが、6次にわたる拡張と埋立てにより437.38km2(平成18年)となっている。1927年(昭和2年)の区制施行で市域は5区に分けられ、周辺町村の合併と区域の再編を経て、行政区の数は18区となっている。市制施行時の神奈川県横浜市の人口は約12万人だったが、その後は第二次世界大戦中の一時期を除いて増加の一途をたどり、現在では約360万人となった。これは日本の市では最も多く、人口集中地区人口も東京特別区に次ぐ。1956年(昭和31年)には政令指定都市に、1988年(昭和63年)には業務核都市に指定された。